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【呪われたオリンピック】麻生氏の発言を検証 東京2020は? 

2020 3/26

今回は、2020年3月18日に麻生太郎財務相による「呪われたオリンピック」発言を検証したいと思います。

目次

「呪われたオリンピック」は本当?TOKYO2020は大丈夫?

麻生太郎はかつて五輪選手だった

呪われたオリンピック。

こんなトンデモ発言をしている麻生氏ですが、実は自身もオリンピック出場経験のある元アスリートだったのをご存じですか!?

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まずは、麻生太郎氏のプロフィールから。

麻生 太郎(あそう たろう)
1940年(昭和15年)9月20日 生まれ。日本の男性政治家、実業家。
学習院大学政治経済学部卒業、政治学士(学習院大学)を取得。
その後、麻生産業に入社し、麻生セメント(現、株式会社麻生)の社長や日本青年会議所の会頭などを経て、1979年(昭和54年)衆議院選挙に初当選。
以後1983年(昭和58年)の落選を除き、当選回数13回を数える。
相続した自宅は25億円など世襲議員として資金力を有する。

経済企画庁長官(第53代)、経済財政政策担当大臣(第2代)、自由民主党政務調査会長、総務大臣(第3代・第4代・第5代)、外務大臣(第137代・第138代)、自由民主党幹事長を経て2008年自由民主党総裁選挙により、第23代自由民主党総裁に選出され、第92代内閣総理大臣に就任した。
第2次安倍内閣で財務大臣兼副総理兼金融担当大臣として入閣した。

 

1976年モントリオールオリンピッククレー射撃(クレー、スキート競技)日本代表(41位)。

 

弟の麻生泰は、学校法人麻生塾や麻生セメントなどを傘下に持つ麻生グループ代表である。
また、実妹は皇族の寛仁親王妃信子にあたる。
信仰宗教はキリスト教(カトリック)であり、洗礼名は「フランシスコ」。

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皇室の親族にあたるという点に目を奪われますが、クレー射撃の五輪代表選手という経歴にも注目!!

麻生氏のクレー射撃の実績

大学時代からクレー射撃を始め、22歳の時全日本選手権を当時の日本新記録で優勝。
1974年に行われた第2回メキシコ国際射撃大会に優勝。

1976年モントリオールオリンピック日本代表に選出されるが41位に終わる。

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68人中41位だったとのことで成績は振るわずでしたが、それでもオリンピックに出るなんてすごいですね。

麻生氏の発言内容

さて、そんなアスリートの気持ちがよくわかるはずの麻生氏ですが、一体どういう経緯でこの「呪われたオリンピック」発言に繋がったのでしょう?

2020年3月18日、参院財政金融委員会でのことです。

新型コロナウイルスの感染拡大で東京五輪の延期や中止の懸念が高まっている現状について、国民民主党の古賀之士氏から、

「オリンピックの選手も経験されたお立場も含めてオリンピックの開催についてどのような所見をお持ちでしょうか?」

と問われた際の答弁です。

1940年、僕が生まれた年ですよ。この時はオリンピックがあるはずだったのよ。
それが(日中戦争で)パーになったんですな。
そして、その次いつなったかといえば、いつです?モスクワ・オリンピックですよね?
あれ半分吹っ飛んだ。

それで今回40年足すと今年です。
“呪われたオリンピック”ってね、マスコミの好きそうな言葉でしょう、これ・・・。
だけど現実はそうですよ。

いろんな意味で40年というのは、この世界に関係している人には結構有名。

麻生さん、国会の場で「呪い」ってすごいこと言いますね~。

これが「やりすぎ都市伝説」のストーリーテラーだったら受けたんですけど・・・。

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では、ここから麻生氏が発言した「オリンピックが40年ごとに呪われている」説について検証してみましょう。

1940年 東京オリンピックの検証

まずは、麻生氏が生まれた年の1940年のオリンピックから。

1940年の東京オリンピックは、日中戦争により中止になりました。

この大会は日本初だけでなく、アジア初・有色人種初という記録的なオリンピックになるはずだったのですが、戦況の悪化により日本政府が自ら開催権を返上しました。

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開催返上を報告するオリンピック組織委員会(1938年7月)

その開催権は招致合戦で次点だったヘルシンキに譲られましたが、第二次世界大戦の勃発により結局こちらも中止になってしまいました。

関連記事:実はこの大会以外にも、オリンピック中止の歴史は何度も繰り返されています。

【オリンピック中止の歴史まとめ】東京五輪中止の過去があった!!

1980年 モスクワオリンピックの検証

1980年のモスクワオリンピックは、当時冷戦下において東側諸国の盟主的存在であるソ連で行われました。

前年1979年12月に起こったソ連のアフガニスタン侵攻の影響で、1980年1月アメリカのカーター大統領がボイコットを主唱したことを皮切りに、他国も次々とボイコットしていくという事態に陥りました。

日本がボイコットするまでの経緯

ボイコット決定前 – 日本では決定前からモスクワオリンピック参加確定をほぼ疑わない空気ができており、オリンピック協賛企業のテレビCMでは「頑張れニッポン!モスクワは近い!」と煽るフレーズが盛り込まれていたほか、プレイベントが各媒体で大々的に行なわれていた。

1980年2月 – 前月のアメリカからの西側諸国への要請を受け、日本国政府は大会ボイコットの方針を固めた。

一方、日本オリンピック委員会 (JOC) は大会参加への道を模索した。

 

1980年4月 – 日本国政府の最終方針としてボイコットがJOCに伝えられた。

多くの選手はJOC本部で大会参加を訴えた。

 

1980年5月24日 – JOC総会の投票(29対13)でボイコットが最終的に決定された。

(なお、この採決は挙手によるもので、当時の伊東正義官房長官も出席しており、各競技団体の代表者には、参加に投票した場合には予算を分配しないなどの圧力がかけられていた)

 

1980年6月11日 – JOC常任委員会、モスクワ五輪日本選手団(幻のメンバー)を承認し、同時に大会への不参加を確認する。

そんな歴史があったとは・・・初めて知りました。

ちなみに私が生まれた翌年の話です。(覚えているわけないよね)

ボイコット決定前の「オリンピック参加確定をほぼ疑わない空気ができており・・・」のところ、今の「オリンピック決行を信じて疑わないお偉いさんたち」と変わらないですね。

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この時、40歳の新人議員だった麻生氏は何を思ったのか・・・。

2020年 東京オリンピックは!?

さて、いよいよ問題の東京オリンピック・パラリンピック”TOKYO2020”ですが・・・。

開催の前段階において様々な事件が起きていたので、時系列でまとめてみました。

2013年12月24日 東京オリンピックを招致した猪瀬直樹都知事失脚

2015年7~9月 デザイナー・佐野研二郎氏発案のオリンピックエンブレム酷似問題

2016年3月31日 新国立競技場・当初案のデザインを設計した建築家・ザハ・ハディド氏が65歳で死去

2016年6月21日 猪瀬氏の後継・舛添要一都知事が失脚

2018年5月6日 東京オリンピック・スペシャルアンバサダーを担当したTOKIOの山口達也メンバーが書類送検

2019年3月19日 東京五輪招致疑惑により、JOC(日本オリンピック委員会)の武田恒和会長が任期途中でIOC(国際オリンピック委員会)委員辞任

2020年1月13日 男子バドミントン日本代表の桃田賢斗選手が、マレーシアの大会出場の翌日、交通事故に遭う

2019年4月10日 桜田義孝五輪担当相が失言を理由に首相の安倍晋三に辞表を提出し、事実上の更迭

2020年3月17日 JOC(日本オリンピック委員会)副会長・田嶋幸三氏が、新型コロナウイルスに感染していることが発覚

この他にも、

・TOKYO2020の前年放送にちなんで企画された「いだてん」が大河ドラマ史上視聴率最低記録を更新

・「お・も・て・な・し」で東京招致に貢献した滝川クリステルさんの件。


小泉進次郎氏とおめでた婚をし夫が環境大臣に初入閣したまでは良かったけど、小泉氏のセクシー発言がイマイチだったり、不倫騒動で本当にセクシーになっちゃったり。

終わりに

このようにオリンピックにまつわる負の歴史を振り返ってみると、確かに麻生氏の言う通り1940年から始まる1980年、そして2020年の40年周期は「呪われたオリンピック」なのかもしれません。

果たして、日本はその呪いを無視し2020年に予定通り東京オリンピックを決行するのか・・・。

信じるか信じないかは、あなた次第です。

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麻生さん、コロナがひどいからオリンピック中止させようと思って、マスコミが好きそうな言葉を使ったのかな。

関連記事:そんなTOKYO2020についての私見はこちら。

【東京2020】スポーツに興味のない都民が考察する五輪のメリット

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この記事を書いた人

1979年生まれ。
兵庫県出身、現在は東京で夫と2人暮らし。
執筆家。

音楽、旅行、歴史、東京での生活をこよなく愛す。
特技は、合気道二段と仏語検定準2級。
宅建合格者だが宝の持ち腐れ。
趣味は、ライブとカラオケ。
極度の寒がりのため、冬だけ南国に住むのが夢。

ライター実績:旅行サイト「トリップパートナー」、松本市行政サイト「はぐまつ」。

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