【フランスワーホリ日記】「はじめに」私が渡仏を決めた理由

私は2008年度のフランスのワーキングホリデー(以下ワーホリと表記)ビザを取得し、同年12月31日から翌2009年10月31日まで10ケ月間フランスに住みました

 

当時のフランス生活や旅行の様子を書いた日記が残っていて、それを元にこれから当ブログでも少しづつ公開していこうと思います。

まず導入部として、なぜ私がこのタイミングで、数ある国の中からフランスを選び、ワーホリビザを取得して渡仏したのか、そのいきさつを話していきたいと思います。

目次

フランスとの不思議なご縁

「この人と離婚できたら、単身ヨーロッパに留学しよう」

憂鬱な新婚旅行

2005年、私は26歳の時遠距離恋愛の末結婚・上京したのですが、相手のことをちゃんと理解せずに結婚してしまったため、同居後にだんだんと綻びが見えてきました。

私はこの結婚は失敗だと悟り何度か離婚を提案しましたが、夫は私に執着していたので聞き入れてくれませんでした。

翌年2006年の夏、私達は遅めの新婚旅行に行きました。私はバルセロナに行きたかったのですが、夫が「どうしてもコートダジュールに行きたい」と言い張るので、私も「モン・サン・ミッシェルに行けるのなら」と妥協して行き先はフランスに決まりました

南仏のニース、モナコや、パリ、モン・サン・ミッシェルにも行きました。

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初めての海外旅行で楽しそうにしている夫をよそに私の心は晴れず、フランスの美しい景色に感心しながらも「どうしたらこの人は離婚してくれるのだろう?」とそんなことばかり考えていました。

ふとした光景から芽生えた決意

そんな旅の道中、パリのチュイルリー公園でいかにもレディーファーストな身のこなしの優しそうな旦那様のいる家族連れを見かけて、私の中にある決意が浮かびました。

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絶対に、できるだけ早めに、この人と離婚しよう。一人になれたら、子供の頃からの夢だったヨーロッパに住む。新しい恋愛だってしたいし、紳士的なヨーロッパの彼氏を作って愛されるのもいいじゃない!?一度の失敗で自分の人生を無駄にしたくない。」

私の実家事情

私は子供の頃からヨーロッパに興味がありましたが、「海外留学なんてとんでもない」「結婚するまで娘は実家にいるべき」という古い考えの親の元で育ったので、独身時代は一生海外に住むのなんて無理だと諦めていました。

でも、離婚後一人暮らしをして親元から離れていれば、その夢だって叶えられるかもしれない・・・そう考えると希望が見えてきました。

夢への第一歩

紆余曲折ありましたが、2007年3月に離婚が成立しました。

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最終的に私の意志を尊重してくれた元夫には、とても感謝しています。

渡航先がフランスに決まった理由

規定内の年齢なら使いたいワーホリビザ

ヨーロッパ留学に当たって、まず考えたのはビザのことでした。

学生ビザもありますが、現地で働けるワーホリ制度はとても魅力的に感じました。

2007年で私は28歳。ワーホリビザ申請の年齢制限は国にもよりますが30歳のところが多いので、すぐに行動を始めないといけません。

2007年は語学を覚えたり資金を貯める準備期間に充てて、自分が29歳の2008年にビザを取り、出国することを目標に動き出しました。

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国の選択

ワーホリといえばオーストラリア、ニュージーランド、カナダがメジャーですが、私はヨーロッパというこだわりがあり、2008年当時ワーホリ制度があったのはイギリスとフランスだけ。その中でもラテンの国が好きな私は、自ずとフランスに気持ちが傾いていきました。

また、当時友達の咲紀ちゃんがフランス人と結婚して、その旦那さんのフランス人の友達を紹介してもらい交流していたこともあり、よりフランスを身近に感じるようになっていました。

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全くの初心者からのフランス語学習

フランス語は全くの初心者だったのですが、渡仏を決めてから出国直前まで約1年半、週3日ぐらいフランス人講師のマンツーマンレッスンに通いました。

もちろん、自習も頑張りました。

まずは単語を覚えることから・・・。CD付がオススメ。

とっつきやすいフランス語入門本。 こちらもCD付。

幸運が導いた、フランスワーホリビザ取得

日仏友好150周年

フランスのワーホリは年間発給数が550人という狭き門でしたが、2008年に日仏交流150年周年にあたることから1,500名に定員が増加し、審査に受かりやすくなりました。

合気道

フランスの査証審査は変わっていて、動機作文の提出という採用方法を取っています。

私は合気道を習っていてフランスでも合気道が盛んなことから、「フランスで合気道を通じて国際交流の架け橋になりたい」ということをテーマに作文に書いたら、無事審査に合格しました

この合格通知を受け取った瞬間は、人生で一番嬉しかったです。

渡仏計画

出国は大晦日

私が取得したビザは2008年中に出国しなければいけないのですが、2008年は12月の終わりまで仕事をしていたので、年末に東京の部屋を引き払って関西の実家に帰省し、12月31日に出国することに決めました。

都市の選択

都会っ子の私はパリ一択だったのですが、今回の渡仏で利用していたエージェントに、「パリだけはダメ。まずは地方でホームスティして語学学校に通いなさい。」と強くアドバイスされたので、初めの1~3月はトゥール、4月にパリに引っ越しその後仕事を探すという流れで決めました。

 

トゥールを選んだ理由は、以下の4つの理由からです。

・先述の咲紀ちゃんが前に通っていた語学学校「アンスティテュ・ド・トゥーレーヌ」がいいと聞いた。

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・トゥールのあるロワール地方は古都でお城がたくさんあり観光に最適である。

・フランス一発音が綺麗な地域と言われている。

・パリまでTGVで1時間で行ける

 

パリ暮らしを考えている人にオススメの本

パリのリアルな日常を綴った本。

パリのグルメ本ではなく、パリで働き生活している日本人10人の話。

noteで小説書いてます

上記の話を題材にして、noteで恋愛小説を書いています。

小説なので、脚色も加え現実の話とは変わってきていますが、その違いも楽しんでいただけたらと思います。

フランス生活に興味のある方、恋愛小説が好きな方は是非読んでみてください。

https://note.com/sayulist/

Sayulistのアイコン画像Sayulist
どこまでが現実で、どこからが創作かは、読者のご想像にお任せします。

次回予告

以上が、フランス・ワーホリ日記のプロローグで、私が2008年のワーホリビザで渡仏した経緯です。

この数年は、自分の人生の中でも激動の期間でした。

次回はいよいよフランスワーホリ日記の本編開始で、2008年12月31日の渡仏の様子を載せます。

※ここで記載しているワーホリ情報は2008年当時のものです。現在は変わっている事項が多いので、ワーホリ申請をお考えの方は必ず各国大使館HPでご確認ください

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この記事を書いた人

1979年生まれ。
兵庫県出身、現在は東京で夫と2人暮らし。
執筆家。

音楽、旅行、歴史、東京での生活をこよなく愛す。
特技は、合気道二段と仏語検定準2級。
宅建合格者だが宝の持ち腐れ。
趣味は、ライブとカラオケ。
極度の寒がりのため、冬だけ南国に住むのが夢。

ライター実績:旅行サイト「トリップパートナー」、松本市行政サイト「はぐまつ」。

恋愛小説「フランス恋物語」がお薦めなnoteも、是非ご覧ください。
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