【茨城 阿見町】予科練平和記念館 空に憧れた少年たちを想う

2019年8月、茨城県稲敷村阿見町の予科練平和記念館に行ってきました。

さゆりさんさゆり
まだ広く認知されていない施設ですが、是非みなさんにもここの存在を知っていただきたいと思い、体験談をレポ―トしました。
目次

阿見町 予科練平和記念館

予科練とは

戦争の話を見聞きしていると、”予科練”という言葉を耳にしたことはあるのではないでしょうか?

予科練とは海軍飛行予科練習生の略称で、旧日本海軍による航空機の熟練搭乗員養成制度。14歳~17歳の非常に優秀な少年たちが入隊しました。

入隊者15万人のうち2万4千人が戦地へ赴き、1万9千人が亡くなりました。中には特攻隊員として出撃した者も多くいました。

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「軍歌演習」・・・左手に軍歌集を掲げ、行進しながら軍歌を大声で歌います。外出から戻った日曜夕方に行われました。

特攻隊とは

特攻隊は「特別攻撃隊」の略で、第二次大戦で、旧日本陸海軍が体当たり戦法のために、特別に編制した部隊を指します。

爆装して敵艦に体当たりした航空特攻と、特殊潜航艇や人間魚雷などの海上特攻とがありました。

海軍航空の地 阿見町

現在の稲敷郡阿見町(いなしきぐんあみまち)・・・もともとこの地は、1921年(大正10年)海軍が霞ヶ浦飛行場を開設、翌年霞ヶ浦海軍航空隊開隊という歴史があり、「東洋一の飛行場」として賑わっていました。

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予科練は初め神奈川県横須賀市にありましたが手狭になったため、1931年(昭和14年)に阿見町に移転し、翌年には予科練教育を専門に行う土浦海軍航空隊が設置されました。

1945年(昭和20年)6月1日予科練教育凍結、同年6月10日空襲によって全焼、終戦により土浦海軍航空隊は解体されました。

※阿見町は当時も(2019年現在も)行政区分的に土浦市内ではありませんが、すぐ近くにあり茨城県南部の代表的な町である土浦の名を、海軍航空隊に冠したと思われます。

予科練平和記念館設立の趣旨

予科練平和記念館は、時代に翻弄された彼らの貴重な資料を保存・展示するとともに命と平和の尊さを考えてもらうために設立されました。

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予科練に入った生徒たちは、毎日厳しい訓練に励みました。

体験記

来館のきっかけ

私は東京在住ですが、都内でも靖国神社の遊就館、同じく九段下のしょうけい館、西新宿の平和祈念展示資料館など戦争の記録を後世に伝える施設はいくつか回っていました。

そんな中、平和祈念展示資料館で特攻隊の生き残りの方の体験談を聴く機会があり、そこで「土浦で飛行機の訓練を受け・・・」という話が出てきました。

土浦は夫の地元に近いので興味を持ち、調べてみると現在稲敷郡阿見町に予科練平和記念館があるということを知りました。

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これは行かねばと思い、お盆の夫の帰省時に連れて行ってもらうことになりました。

土浦駅からレンタカーを借りる

私達夫婦は普段車なしの生活ですが、茨城の移動は車がないと不便ということで土浦駅でレンタカーを借りました土浦駅でレンタカーを借りました。(東口側が便利です)

土浦駅から予科練平和資料館までは約5km、車で10分くらいで着きました。

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窓が多く、明るくて近代的な建物ですね。広々とした駐車場もあり、自家用車で来る人にも安心です。

施設外の展示物

駐車場に車を停めて「さぁ施設に入ろう」と思ったら、建物の右側に格納庫に納められた大きな飛行機が展示されているのを見付けました。

零戦

そこには、零式艦上戦闘機(通称零戦)二一型の実物大模型が展示されていました。

通常は格納庫の入口を開放して中をのぞく形での展示で、毎週日曜日と祝日には、格納庫の外へ引き出して、外での展示をしているそうです。画像

私達が行ったのは土曜日だったので、格納庫の中に入っている状態でした。残念・・・。

回天

また、施設左側には、人間魚雷「回天」の模型も展示されていました。

2006年放送のテレビドラマ「僕たちの戦争」撮影時に使用された、撮影終了後、阿見町に寄贈されたものだそう。

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人間魚雷を立案し、実際に使われていたというのが狂気としかいいようがないですね。

飛行機乗りになりたくて厳しい訓練に励んだ予科練出身者・・・この中で回天の搭乗員に選ばれた人は一体どんな気持ちだったんだでしょう?

館内へ

※館内は撮影禁止なので、ここからはパンフレットの写真を載せています。

内部は予科練の制服である「七つボタン」をモチーフに7つのテーマと空間から構成された常設展示館と、企画展や講演会が開かれる「20世紀ホール」などから構成されています。

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建物の1/4が窓になっており、館内から予科練習生たちが憧れた空をよく見られる造りになっています。

それでは、館内の7つの空間を順を追って説明していきます。

1.入隊

「募集」と「入隊」の2つの側面によって、予科練を目指した少年達の揺れ動く心情を紹介しています。

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少年たちが予科練を志願した理由は、空に憧れて飛行機乗りになりたいから、大切な国や家族を守りたいから、家計が苦しい中、予科練に入れば無償で勉学を続けられるから・・・など様々でした。

予科練募集の宣伝目的で作られた映画『決戦の大空へ』の主題歌「若鷲の歌」が大ヒットしたことも、少年たちの予科練への憧れを強くさせたようです。

予科練入隊試験は、身体・知力・体力検査などで厳しく選ばれ、合格できるのは一握りの優れた者だけでした。

合格者の家族への合格報告の葉書や手紙も展示されていましたが、とても喜びに溢れたものになっています。

2.訓練

予科練での厳しい生活や訓練風景を、写真や実物を使って再現しています。

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手前は学習机。奥の天井に下がっているのは海軍の流れを汲んだハンモックで、起床時間5分前には畳み、起床時間ピッタリには飛び出さなければならなかったそう。

予科練生の教育に組まれていた科目は、訓練科目として勅諭奉読、訓論、講話等の精神教育と体操、武道などの体育があり、普通学として国語、漢文、数学、物理、化学、歴史、地理などがありました。

さらに軍事学として運用術、航海術、砲術、水雷術、通信術、航空術、機関術、軍制及び諸法規がありました。普通学は概ね現在の高等学校程度の内容でしたが、数学、物理、化学はそれ以上の高いレベルでした。

授業は午前が座学で、午後に体操や武道が行われ、相撲やラグビーも盛んでした。

展示を見ていると、厳しい訓練風景だけでなく、生徒たちが楽しみにしている遠足の記念写真なども紹介されていて、ほっこりしました。

3.心情

家族への手紙や日記をもとに、希望と不安の中で過ごした予科練生達の赤裸々な思いが伝わってきます。

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椅子の前の箱の中に手記が入っていましたが、時間がないためとばしてしまいました。壁面に書いてあった文を目で追ったくらいです。

時間があれば、一つ一つ丁寧に読みたかったです・・・。

4.飛翔

予科練卒業生たちの各戦線での活躍や、思いを遂げられず訪れた悲劇を伝えます。

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当時のニュース映像や新聞の記事が展示されていました。資料がリアルなので、緊迫感が伝わってきます。

5.交流

厳しい猛特訓に耐える予科練生同士の交流や、彼らを支えた地元・阿見の人々を紹介しています。

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左側のテーブルと椅子は、予科練生が使っていたものを再現しています。

右側は、主に阿見町の人々との交流の様子を展示されています。

休日は写真館が予科練生で混んでいたとか、母親のように慕われた指定食堂のおばさんとのエピソードなど、厳しい訓練に耐える彼らの癒しになってくれて、地元の方たちにありがとうという気持ちになりました。

※当時、予科練は指定食堂以外での食事は禁止されていました。また、指定食堂の2階の座敷が家族との面会場所になっていたそうです。

他にも、当時を知る物として昔のお金の展示もありました。

6.窮迫

阿見町で起こった空襲の恐怖を、臨場感あふれるシアター映像で表現しています。

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入場時に「館内映像上映時間のご案内」を渡され、展示室6では、空襲の映像と戦争体験者のお話が2種類あることを知りました。

時間がなかったため、戦争体験者のお話は1種類しか聴けませんでした。

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1945年(昭和20年)6月10日、阿見町(旧土浦海軍航空隊と周辺地区)空襲が米軍による大規模な空襲を受け、多くの軍人・町民・家屋などが被災し、予科練生を含む374名の方が亡くなりました。

戦争体験者の女性のお話で、神社の防空壕に予科練の生徒たちが避難していたところも爆撃を受けて、首が取れた遺体を片付けたといった話がありました。想像するのもむごい現実です。

7.特攻

多くの予科練生達が犠牲となった特攻作戦とのかかわりを紹介してます。

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「展示室7 特攻」の上映時間は毎時4回流れます。

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予科練の生徒は、14~17歳の思春期の男の子たち。

現代の日本に生まれていれば、学校に通って勉強に専念でき、部活や恋愛や趣味など好きなことをして、青春を謳歌する年頃でしょう。

それを思うと、予科練卒業後に戦地に出され若くして死んでいくのが不憫でならず、思わず涙がこぼれました。

感想

展示室6の前の壁に、戦地(特攻?)に征く少年の母への言葉が書かれていました。

メモ書きはしていないので意訳になりますが、

「お母さん、僕はお母さんに形見を残したくありません。

なぜなら、お母さんは10年後も20年後も僕の形見を見て泣くからです。」

といった内容で、その親子の心情を想うと泣きそうになりました。

 

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国のため、家族のために自らの命を顧みず散っていった少年たち。

彼らの存在を知ることは、戦争の愚かさ、非情さを知ることにも繋がります。

勇気ある少年たちの犠牲の元に今の平和な日本があること、過去にあった悲しい歴史を知り二度と繰り返さないよう、今できることをしなければ・・・。

後世を生きる者として強く思いました。

概要

所在地:茨城県稲敷郡阿見町大字廻戸5-1
TEL:029-891-3344
開館時間:9:00~17:00(入館は16:30まで)
定休日:毎週月曜日(祝日の場合はその翌日)、12月29日~1月3日
料金:大人 500円(団体 400円) 小人 300円(団体 240円)
※各種割引については、公式HPをご覧ください。

アクセス

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あみプレミアムアウトレットから10km弱なので、ついでに寄ってみてはいかがでしょうか?

電車・バス

JR常磐線「土浦駅」西口の1番バス乗り場から2種類バスが出ています。(10分から20分に1便程度運行)
・関東鉄道バス「阿見中央公民館」行きに乗車し、「阿見坂下」停留所(所要時間15分)で下車、徒歩3分
・JRバス「江戸崎方面」行きに乗車し、「阿見」停留所(所要時間15分)で下車、徒歩3分
※「阿見坂下」停留所、「阿見」停留所は同じ位置にあります。

・常磐自動車道 桜土浦ICから国道125号バイパスを利用約15分
常磐自動車道・桜土浦IC(霞ヶ浦方面出口)→国道125号バイパスを直進→「東京医大西」信号を左折
→丁字路「阿見坂下」信号を右折して200m先の左側道路沿い

・首都圏中央連絡自動車道(圏央道)牛久阿見IC・阿見東ICからそれぞれ約15分
圏央道・阿見東IC→県道34号線を直進→丁字路を左折(県道231号線)
→信号「香澄の里工業団地」を左折→国道125号バイパスを直進→「東京医大西」信号を右折→
丁字路「阿見坂下」信号を右折して200m先の左側道路沿い
※無料駐車場完備。(普通車用56台、大型バス用5台、身障者用3台)

終わりに

いかがでしたでしょうか?

この記事を読んで興味をお持ちになった方は、是非ご自身でも足を運んでみてください。

かつてこの地で学んだ少年たちの群像を追いながら、平和や命の尊さについて考えてみませんか?

さゆりさんさゆり
次回は、隣接施設の雄翔館・雄翔園をご紹介します。

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この記事を書いた人

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