1979年生まれ女子が、イエモンの魅力を語る②【解散~再結成】

前回の記事「イエモン世代女子が、THE YELLOW MONKEYの魅力を語る 【初期~解散】」では、イエモンのメジャーデビューから2004年の解散までの思い出の曲を紹介しました。

今回は、解散の真相、2016年再結成のニュースや、それ以降の活躍について紹介したいと思います。

目次

THE YELLOW MONKEYの解散~再結成

そもそもなぜ解散したのか?

フジロックの挫折

1997年の夏、第1回フジロックフェスティバルにレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンとトリのレッド・ホット・チリ・ペッパーズの間に挟まれるという注目のタイムテーブルで、イエモンは出演しました。

しかし天候は豪雨で観客は疲労していたことと、10曲中シングル曲は3曲だけというセットリスト(吉井さんは過去の楽曲でも一番ロック的なものを用意したつもりだった)で挑んだため観客の反応は良くなく、吉井さんは強い挫折感を味わったそうです。(他のメンバーはそうでもなかった)

後に吉井さんは自らの自伝『失われた愛を求めて』で「『洋楽ファンに叩きつけてやる!』って。叩きつけたはいいけども……なんだかわけのわかんないことになっちゃって」変な話、あのフジロックの挫折感で、解散しちゃったようなもんだから。解散の理由の何%かは」と回想しています。

 

1年で113ケ所を回る、満身創痍の「PUNCH DRUNKARD TOUR」

イエモンは1998年3月4日に7thアルバム『PUNCH DRUNKARD』をリリースし、同年4月からホール72本、アリーナ41本、計113本を1年かけて回る「PUNCH DRUNKARD TOUR」を敢行しました。

「PUNCH DRUNKARD」とは和製英語で、パンチを受けた後遺症で脳に障害を生じたボクサーのことです。ツアーが決定していたことからこのアルバム名になりましたが、後に吉井さんは「もうその時点で、こてんぱんになるってことを自分で予知していたんだと思う」と語っています。

3日に1回のペースでライブを行うだけでも凄いのに、他にもスケジュールがどんどん入りメンバーは多忙を極めました。また、1998年9月9日の香川県県民ホールのライブ後過労で倒れた吉井さんが病院へ運ばれたり、翌年1月9日には音響スタッフがステージの奈落に落ちて死亡するアクシデントなどにも見舞われ、メンバーにとっては精神的・体力的にも過酷なツアーとなりました。

吉井さんは、1998年10月6日の岡山市市民会館のライブのステージ上で「このツアーは失敗でした」と発言、ツアー終了後全体を振り返って「ひたすら打たれ続けてた感じ」と話したり、このツアーがメンバーを相当追い詰めていたことが窺えます。

「PUNCH DRUNKARD TOUR」はのべ55万人を動員し、1年間の経済効果は、グッズ・チケット・CDなどの売上を合わせ、100億円以上になったそうで、ライブそのものは大成功といえるのですが・・・。

 

このツアーのドキュメンタリー映画として、2013年9月28日に『パンドラ ザ・イエロー・モンキー PUNCH DRUNKARD TOUR THE MOVIE』が公開されています。

 

初めはイケイケだったメンバーたちがハードスケジュールやアクシデントによって疲弊していき、心身共にボロボロになり、それでも最後まで踏ん張ってツアー終了までライブを敢行させる姿は胸に迫るものがあります。

ツアーのラストステージの横浜アリーナの楽屋で吉井さんがボクサーガウンを着てステージに向かうのですが、その姿は満身創痍な体を抱えながらも戦場に赴くボクサーと重なりました。辛くてもそれを表に出さずに戦い続けなければならない、男の意地や美学をその背中に感じました。本当にカッコ良かった・・・。

 

またこの映画のいいところは、2013年、解散後初めての4人揃ってのインタビュー映像が随所に盛り込まれ、当時の思いを語ってくれるところです。そのシーンは1998年から比べていい感じに年を重ね、心身共にリラックスしたメンバーの姿が見られてホッとします。

 

この映画で4人が本当に仲良さそうに談笑したりボーリングしている姿を見て、ファンはつい何かを期待してしまうのでした・・・。

 

『COMPLETE BURN』のインタビューで、「気付いたらイエローモンキーは仮面夫婦になっていました。と、吉井さんは解散当時の状況を話しています。

 

12年越しの再結成

2016年再結成!!

2016年1月8日0時、メンバー4人全員が”集結”した写真と共に全国10ヵ所を巡る20本のアリーナ・ツアー「THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016」が発表されました。

5月11日より再結成後初となる16年ぶりの全国ツアー(全国12会場で24公演)「THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016」が行われました。

私は2日目の5月12日の国立代々木第一体育館の公演に行きました!!

 

11月12日より全国16公演となるホールツアー「THE YELLOW MONKEY SUPER JAPAN TOUR 2016 -SUBJECTIVE LATE SHOW-」を開催(私はチケット取れず)、12月28日日本武道館にて「THE YELLOW MONKEY SUPER メカラ・ウロコ 27」を開催(これもチケット取れず、映画のライブビューイングで鑑賞)しました。

「メカラウロコ27」ライブビューイングの映画館で貰ったステッカー。

この1年はTVなど多数メディアにも積極的に出演し、日本有線大賞・特別賞、日本レコード大賞「特別賞」を受賞、年末の紅白歌合戦に初出場したりと、華々しい再結成を遂げました。

バンドの再結成後の様子は、ドキュメンタリー映画『オトトキ』でしっかり確認することができます。

オトトキのライブビューイングを観に行った時、映画館で貰ったクリアファイル。

再集結の経緯

再集結を最初に強く望んだのは吉井さんで、「同世代のミュージシャンがどんどんバンドが再集結、再結成ができない状況になってる中で、みんな元気なうちにこれはやるべきじゃないかなという時に、ロンドンでThe Rolling Stonesの70代のあのステージを見たら、『これは早くやらないといかん』と思って・・・」というのが動機だそうです。

そして吉井さんは「僕とバンドをやってください」とメンバー全員にメールを送り、メンバー4人は喜んで承諾し、再集結が決まったそうです。

パチパチパチパチ☆

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終わりに

いかがでしたでしょうか?

THE YELLOW MONKEYの絶頂期、解散、再結成を辿ると、楽曲だけでなくその歴史もドラマチックで興味が尽きないですよね。

次回「イエモン世代女子がイエモンの魅力を語る③【再結成後の曲】」では、THE YELLOW MONKEYの再結成後の曲や2019年現在の近況についてご紹介します

お楽しみに!!

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この記事を書いた人

1979年生まれ。
兵庫県出身、現在は東京で夫と2人暮らし。
執筆家。

音楽、旅行、歴史、東京での生活をこよなく愛す。
特技は、合気道二段と仏語検定準2級。
宅建合格者だが宝の持ち腐れ。
趣味は、ライブとカラオケ。
極度の寒がりのため、冬だけ南国に住むのが夢。

ライター実績:旅行サイト「トリップパートナー」、松本市行政サイト「はぐまつ」。

恋愛小説「フランス恋物語」がお薦めなnoteも、是非ご覧ください。
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